母の突然の交通事故死により実家が空き家に
2016年10月末のある日、山代富雄さんの母が青信号の横断歩道で、赤信号にもかかわらず交差点に進入してきた車にはねられ亡くなった。まだ66歳。それはあまりにも突然の出来事だった。葬儀などを終え、職場の上司に状況を報告し、実家が空き家となってしまったことを話した。すると、上司は少し前に父親を亡くしており、NPO法人 空家・空地管理センターに実家の活用について相談したとのこと。「無料で親身に相談に乗ってもらえて良かった」との話を聞いた。
ちょうどその頃、メディアは頻繁に空き家問題を報じていた。NPO法人 空家・空地管理センターが自治体とも連携している団体と知り好感を持った山代さんは、上司の経験談から安心感もあり、まずはメールで問い合わせてみることにした。
-「当時、当センター代表理事の上田が対応し、山代さんの希望に沿って、空き家の借上げサービス『AKARI』(※)を使用したプラン、解体して売却するプランなどをご提案しました」-
-「当時、当センター代表理事の上田が対応し、山代さんの希望に沿って、空き家の借上げサービス『AKARI』(※)を使用したプラン、解体して売却するプランなどをご提案しました」-
※AKARI(あかり)とは
立地・建物の状態など一定の条件を満たせば、所有者がリフォーム費用や賃貸経営のリスクを負うことなく、空き家活用ができる仕組み。NPO法人 空家・空地管理センターの提携事業者が空き家を5~10年借上げ、リフォーム工事などを実施し、転貸(サブリース)する。所有者には、借上げ賃料として固定資産税相当額を毎年支払う。これにより空き家の維持管理の悩みからしばし解放され、今後の処分や活用に向けた準備、気持ちの整理に必要な時間を得ることができる。
しかし母の事故後の対応が忙しくなり、心身ともに疲れ余裕がなくなった山代さん。実家のその後については一旦、時間をおかざるを得なかった。一方で相続手続きにはタイムリミットがある。相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に、申告や納税をしなくてはならない。そのため弟と話し合い、自身が実家を相続することなどを決定し、相続の手続きだけは終わらせた。
そうして1~2週間に一度、自宅から車を15分ほど走らせ、実家を自身で管理する生活が始まった。ポストに届いた郵便物を確認し、庭木を剪定したり、家中の窓を開けて空気を入れ替えたりする日々。まだ家財整理できるほど心の整理をつけられない山代さんにとって、それは母との繋がりを感じられる大切な時間になった。
ようやく事故後の対応がすべて終了した2021年3月。山代さんはNPO法人 空家・空地管理センターに「まだ相談できますか」と問い合わせた。約4年半の歳月がゆっくりと山代さんの心を整理し、そろそろ実家をどうするか考え始めようと思わせてくれたのだ。
複数プランから「自己資金リフォームによる賃貸活用」を選択
山代さんの実家はもともと母の実家で、山代さんは小学1年生から社会人1年目まで住んでおり、自身と弟が自立してから2014年に祖父が亡くなるまでは、母と祖父が二人で暮らしていた。
外壁の塗装や内部の修繕など、母が丁寧に手入れをしてきたおかげで、築50年弱にしては良好な状態だった。山代さんから相談再開の連絡を受けた木谷は、山代さんの実家を工務店と再訪し、建物の状態を確認。家財整理とリフォームの見積を取得の上、複数プランの図面を作成。あらためて、①『AKARI』、②自己資金リフォーム、③折衷案を山代さんに提案し、メリット・デメリットや経費などを説明した。
『AKARI』の場合、リフォーム費用や賃貸経営のリスクを負わなくていいのが最大の利点だが、賃料収入は少なく、事業者へ預ける期間が10年程度と長期になってしまうのが難点。
子どもが独立するタイミングで家の活用について再検討する可能性があったため、まずは5-6年賃貸する前提で、3つの提案のコスト・収入・期間などを比較検討。山代さんは1ヶ月ほど悩んだ末、自己資金でリフォームし、賃貸管理はNPO法人 空家・空地管理センターの協力会社(不動産事業者)に依頼することに決めた。
-「母はとても几帳面な人で『私が死亡したら』というファイルを用意していたんです。おそらく祖父が亡くなり、一人になったことで自身の後先に意識が向いて息子たちが困らないよう、用意したりしていたのでしょうね。その中に『この家は誰かに住んでほしい』と書かれていました。
しかし私も弟も、別の場所に所帯を持っているため、すぐには住むことはできません。そこで母の遺志を尊重し、将来的に自分たちが住むかもしれないという選択肢を残すためにも、賃貸に出すことにしました」-
-「母はとても几帳面な人で『私が死亡したら』というファイルを用意していたんです。おそらく祖父が亡くなり、一人になったことで自身の後先に意識が向いて息子たちが困らないよう、用意したりしていたのでしょうね。その中に『この家は誰かに住んでほしい』と書かれていました。
しかし私も弟も、別の場所に所帯を持っているため、すぐには住むことはできません。そこで母の遺志を尊重し、将来的に自分たちが住むかもしれないという選択肢を残すためにも、賃貸に出すことにしました」-
空き家の活用を考える場合、「売却」か「賃貸」という選択肢が一般的だが、山代さんの中には賃貸の1択しかなかった。その上で『AKARI』を選択しなかったのは「大掛かりなリフォームをしなくても、部屋数が十分にあり、自分たちが住みたいくらい」と山代さん自身が思えたからだ。また立地や環境が良いため、十分に借り手が見込めると判断した。母の没後、4年以上誰も住んでいなかったが、工務店も「築年数の割にしっかりしている。外壁などもまだ大丈夫」と診断してくれた。
確かに『AKARI』は、山代さんのように家を残しておきたいが自分たちで住むことが難しい人、リフォーム費用の負担が難しい人、当分賃貸しながら建物を維持したい人などにとっては便利なサービスだ。しかしリフォーム費用や家賃滞納、退去トラブルなどの心配がない一方で、5~10年間の借り上げ期間中は家賃収入が限られる。山代さんの場合、最低限のリフォームで問題なく賃貸活用が見込めたため、今回の決定に至った。
-「もちろん母の遺志を汲んだこと、いつか自分たちが住む選択肢を残すことが賃貸にした理由ですが、それだけではありません。目の前はこの辺り一帯の地主であるお寺があり、墓地もありますが、樹木が多くて借景がいいんです。
実家はとても日当たりがよく、木々の間の風が通り抜け、窓を開けると気持ちがよい。便利で落ち着いた住宅地にありながら、お寺の借地なので地代も安い。そういう意味で手放す選択肢はありませんでした。祖父や母が丁寧に暮らしてきた実家、目先の金額以上の価値を将来私の息子にも継いでいきたいんです」-
-「もちろん母の遺志を汲んだこと、いつか自分たちが住む選択肢を残すことが賃貸にした理由ですが、それだけではありません。目の前はこの辺り一帯の地主であるお寺があり、墓地もありますが、樹木が多くて借景がいいんです。
実家はとても日当たりがよく、木々の間の風が通り抜け、窓を開けると気持ちがよい。便利で落ち着いた住宅地にありながら、お寺の借地なので地代も安い。そういう意味で手放す選択肢はありませんでした。祖父や母が丁寧に暮らしてきた実家、目先の金額以上の価値を将来私の息子にも継いでいきたいんです」-
良心的な業者のおかげで、納得のいく家財整理とリフォームに
賃貸として活用するにあたり、大きなハードルになったのが家財整理だ。時間の経過とともに心の整理がついていたとはいえ、実家から母の生きた証を自らなくす作業は「精神的に辛かった」と山代さんは振り返る。祖父が残した書籍や茶道具が大量にあり、母の着物や洋裁作品なども多く、何を残すか、リサイクルに出すのかを一つひとつ判断するのは心を削る作業だった。
-「家財整理の当日は豪雨で、業者はびっしょり濡れながらやってくれました。事前の相談で仕分けを手伝ってもらうことをリクエストしたところ、部分的にですが応じてくれて。本来の倍以上の人数を動員し、一緒に整理してくれたのです。大変でしたが、おかげで無事に家財整理を終えることができました」-
-「家財整理の当日は豪雨で、業者はびっしょり濡れながらやってくれました。事前の相談で仕分けを手伝ってもらうことをリクエストしたところ、部分的にですが応じてくれて。本来の倍以上の人数を動員し、一緒に整理してくれたのです。大変でしたが、おかげで無事に家財整理を終えることができました」-
家財整理を終えたら、次はリフォームだ。提案された①傷んだ箇所の補修と最小限の改修をするプラン、②間取り変更を含むフルリフォームプランのうち、山代さんは前者を選択。具体的には、水道管の交換、屋外にあった洗濯機置き場を屋内に新設、トタン屋根や鉄部の補修、樹木の伐採、内装や畳の貼り替え、水回りや給湯器の交換、エアコンを新設した。
その後、山代さんはNPO法人 空家・空地管理センターの協力会社に賃貸管理を依頼し、ペットや楽器の可否などの募集条件を決めたり、近隣へ挨拶して回った。2021年11月、同社と媒介契約を締結して募集開始すると、約1週間で複数の問い合わせがあり、翌12月には入居者が決定。定期賃貸借契約を締結し、翌年1月から夫婦と小型犬が暮らし始めている。
実家の整理を終えて
実家の整理を進めるとき、山代さんの中には「母がこれで納得するか」という考えが常にあった。母の財産をムダにしていないだろうか、望む使い方だろうか…。心の中で問いかけながら、一つひとつ進めていった。
母が亡くなったあと、1~2年内に整理できていればリフォームにかかる費用は少なかったのかもしれない。建物は人が住まないと劣化が早まると言われており、早く誰かに住んでもらったほうが家の維持管理面で良かったのもわかっている。けれど、そういう単純な話ではない。
-「母が亡くなってしばらくは、あの家を見るのが辛い状態でした。なのでこの4年半は、私には必要な時間だったのです。最初の問い合わせから4年以上もの時間が空いたにも関わらず、丁寧に対応してくれたNPO代表の上田さんや木谷さんたちには本当に感謝しています。時間はかかったけれど無事に賃貸に出せた今、母が残した家がどなたかの役に立てているので、良かったと思っています」-
-「母が亡くなってしばらくは、あの家を見るのが辛い状態でした。なのでこの4年半は、私には必要な時間だったのです。最初の問い合わせから4年以上もの時間が空いたにも関わらず、丁寧に対応してくれたNPO代表の上田さんや木谷さんたちには本当に感謝しています。時間はかかったけれど無事に賃貸に出せた今、母が残した家がどなたかの役に立てているので、良かったと思っています」-
その上で「母ともっと実家の今後について話しておけば良かった」と後悔もあると言う。もしかしたらこの家を処分し、そのお金で近隣のマンションに住み替えるつもりだったのかもしれない。亡くなったいまとなっては、母が残したファイルの言葉が最終的な想いだったのかどうかは確認できない。
そうした想いがあるからこそ山代さんは、将来、自身の財産を引き継ぐ息子に、今回の経緯や家族の背景を話していこうと思っている。まだ中学生で、どこまで理解できているかはわからないが、親として「本当の価値とは目に見えるものだけとは限らない」ことは伝えておきたいのだ。古い家でも、手を入れれば蘇り、人の役に立つこともあるし、どの家にもそこに暮らしてきた家族の背景や思い出がある。そんなことを少しずつ息子の中で咀嚼してもらい、いつか判断を迫られたときに、父の経験をふまえて判断できるようにするのが、親としての務めだと山代さんは考えている。
担当者の振り返り
今回、山代さんのお手伝いを通じて、「家財整理」は遺された家族の「心の整理」でもあることを実感しました。多くの方は仕事が忙しかったり、遠方だったり、悲しみが癒えるまで手を付けられなかったりしますが、家財も心も整理するには「時間の経過が必要」であることを再認識しました。
私自身も両親の他界後、実家の家財整理をするまで数年かかり、業者が次々と家財を運び出していくのを目の前にして、思い出を手放すようでつらい思いをした経験があります。そのため山代さんのお母様への想いに寄り添いながら、丁寧にサポートしたいという想いがありました。
山代さんは判断力に長けた方で、お忙しい中でもすぐにご返答をいただき、私どもに一任してくださったので、スムーズに事を進めることができ助かりました。
実家を売却する、賃貸するなどの選択は相談いただく方のご事情によって様々ですが、相談者様が持つ大切な想いに寄り添いながら、じっくり時間をかけて伴奏することが、私どもの役割だと思っています。
山代さんとお母様の大切な家を、無事に活用することができ、当センターに相談して良かったと思っていただけたなら幸いです。